大判例

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札幌地方裁判所 昭和53年(ワ)233号 判決

原告 高田恵美子

右訴訟代理人弁護士 村上奎彦

同 細井洋

被告 山一證券株式会社

右代表者代表取締役 植谷久三

右訴訟代理人弁護士 田中慎介

同 久野盈雄

同 今井壮太

同 安部隆

主文

1. 原告の主位的請求を棄却する。

2. 被告は原告に対し金九〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3. 原告のその余の予備的請求を棄却する。

4. 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  原告

主位的並びに予備的請求として、いずれも、「被告は原告に対し金一三八七万八二六二円及びこれに対する昭和五三年三月四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と、仮執行の宣言。

(二)  被告

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

二、当事者の主張

(一)  原告の請求原因

1. 被告は有価証券の売買、売買の媒介、取次等を業とする証券会社であって、証券取引所の会員である。

2. 高田ミツヱは、昭和四七年一月一一日、被告との間で、有価証券類の寄託を目的とするいわゆる保護預り契約を締結し、同契約に基づき、被告に対して別紙目録記載の株券、社債券(以下「本件証券」という。)を含む有価証券類を寄託していたが、昭和五一年三月八日に死亡したものであるところ、同人には養子である原告のほかに、配偶者、子がないため、相続により、原告が右契約上の地位並びに証券類についての権利を承継した。

3. 原告は、昭和五一年三月中旬ごろ、被告に対し、寄託中の有価証券類を成行きで売却するよう依頼すると共に、前記保護預り契約を解除する旨の意思表示をし、これに基づき、被告は、そのころ、本件証券を有価証券市場において合計一四五七万八二六二円で売却のうえ、その売却代金を原告に交付し、原告はこれを受領した。

4. 原告は、昭和三一年六月二二日生れであり、昭和五一年三月当時、未だ成年に達していなかったものであるところ、昭和五三年三月三日到着の本件訴状をもって、被告に対し前記売却依頼行為及び保護預り契約解除の意思表示を取消す旨の意思表示をしたので、請求により本件証券を原告に返還すべき保護預り契約上の被告の債務が法律上復活したことになるが、右債務はすでに履行不能に陥っているから、右返還に代る填補賠償として、被告は原告に対し、本件証券の時価相当額一四五七万八二六二円を支払うべき責任がある。

5. 仮に、被告に右填補賠償責任がないとしても、原告は、昭和五四年七月三〇日の本件第九回口頭弁論期日において、被告に対し、本件証券売却代金についての前記弁済受領行為を取消す旨の意思表示をしたので、右売却代金合計一四五七万八二六二円の引渡債務を負担するものというべきである。

6. よって、原告は被告に対し、主位的には本件証券返還債務の履行不能に基づく填補賠償として、予備的には右証券の売却代金引渡債務の履行として、それぞれ一四五七万八二六二円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五三年三月四日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する被告の認否

請求原因1及び2の事実は認める。

同3の事実のうち、原告が保護預り契約解除の意思表示をしたとの点は否認するが、その余を認める。

同4の事実は不知。法律上の主張に関する部分は争う。なお、原告主張の取消の意思表示により本件証券についての寄託関係が復活するいわれはない。

同5の主張も争う。弁済受領行為は法律行為に該当せず、取消の対象となり得ない。

(三)  被告の抗弁

1. 原告は、成年に達した後の昭和五一年一〇月二〇日、定期預金されていた本件証券の売却代金の一部五〇万円の払戻しを受け、これを費消したが、この行為は民法一二五条五号所定の取消し得べき行為の法定追認事由に該当する。

2. 被告は原告に対し、昭和五一年三月中旬ごろ、本件証券の売却代金一四五七万八二六二円を引渡した。したがって、仮に、原告の被告に対する本訴請求債権の存在が肯認できるとするならば、原告が右売却代金を取得すべき法律上の原因はなく、被告は原告に対し、右代金相当額の不当利得返還請求権を有するものである。そこで、被告は、昭和五四年一〇月四日の本件第一〇回口頭弁論期日において、原告に対し、右請求権をもって原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。なお、民法一二一条但書にいう「現ニ利益ヲ受クル限度」は、その不存在について無能力者側に主張立証責任があると解すべきであるが、仮に、それが相手方の側にあるとしても、原告は右代金相当額についての現存利益を有しているものである。

(四)  抗弁に対する原告の認否

被告の抗弁1の事実のうち、原告が成年に達した後の昭和五一年一〇月二〇日、五〇万円の定期預金の払戻しを受け、これを費消したことは認めるが、右定期預金が本件証券の売却代金によりなされたことを否認し、右払戻し並びに費消行為が民法一二五条五号に該当する旨の主張を争う。なお、本件証券売却代金の一部により右定期預金がなされたとしても、それは別紙目録記載(16)の社債券の代金として被告から受領した小切手金五三万七一〇六円の内金によるものであるから、被告主張の法定追認の効果は右(16)の社債券にかかわる取消し得べき行為に限局されるものである。

同2の事実のうち、原告が被告主張のとおりの売却代金の引渡を受けたことは認めるが、右引渡による現存利益を有することを否認する。民法一二一条但書の「現ニ利益ヲ受クル限度」の主張立証責任は原告になく、被告にあるものと解すべきである(大判昭一四・一〇・二六民集一八・一一五七参照)。

(五)  原告の再抗弁

仮に、現存利益の不存在について原告が主張立証責任を負うとしても、原告は本件証券売却代金の受領による現存利益を有さない。すなわち、原告は、右売却代金を受領した直後、関口勝男により無価値の土地を三〇〇万円で買取らされ、その余は同人、関口光雄、宇高宏明、小島一司及び氏家惇に贈与させられ、全額を費消した。なお、原告は、関口勝男、関口光雄、宇高宏明、小島一司に対し、未成年を理由に右売買贈与の意思表示を取消し、原状の回復を求める訴を提起し、関口勝男につき八〇〇万円、関口光雄、宇高宏明につき各一五〇万円の限度で原告勝訴の第一審判決を得たが、関口勝男は何らの資産もないうえ、現に殺人罪で服役中であり、関口光雄、宇高宏明は右判決に対し控訴を提起して抗争中であり、いずれも回収の見込みが全くない。

(六)  再抗弁に対する被告の認否

再抗弁事実のうち、原告主張のとおりの第一審判決が存在することは認めるが、その余は不知。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告がその主張にかかる各取消の意思表示をしたことは記録上明らかであるところ、原告の出生年月日が昭和三一年六月二二日であるという部分、及び原告が昭和五一年三月中旬ごろ被告に対し「保護預り契約」解除の意思表示をしたという部分、並びに法律上の主張に関する部分を除いた原告主張の請求原因は当事者間に争いがなく、原告の出生年月日がその主張のとおりであることは成立に争いのない甲第五号証に徴し明白であるが、右解除の意思表示があったことはこれを肯認しがたいものというべきである。けだし、成立に争いのない甲第三、第四号証によれば、右の「保護預り契約」は、保護預り口座設定契約とでも称すべきものであって、被告において、顧客の求めにより有価証券類の寄託を受入れるべき各顧客別の保護預り口座を設定するとともに、右受入れによって生ずべき当該有価証券類についての個々的寄託関係を一率に律するための条項を定めた基本的契約関係であることが明らかであるが、原告において、被告に寄託中の有価証券類の売却依頼のほかに、被告に対し、右基本的契約関係をも終了させる趣旨の意思表示をしたものと認めるに足りる証拠がないからである。

二、そこで、右事実関係に基づき、原告の主位的請求について検討するに、原告による売却依頼行為、すなわち、委任契約における委託の意思表示が取消されたことにより、本件証券に関する被告の売却権限は遡及的にその基礎が失われたものといわなければならないが、被告は法律上問屋に該当するから、委託者たる原告と問屋である被告との間の委任契約上の瑕疵は、被告と本件証券の買主たる第三者との間の売買契約に影響を及ぼさず、その売買により、右第三者は同証券についての権利を有効に取得したものと解される。してみると、前記売却依頼行為の取消により、委任契約上の被告の原告に対する売却代金引渡債務が消滅するに伴い、右代金相当額について被告の不当利得が成立するのは格別として、本件証券についての寄託関係が法律上復活し、或いは右寄託関係が擬制されることを前提とする填補賠償請求権が成立する余地はなく、したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がないものというべきである。

三、次に原告の予備的請求について判断する。

(一)  被告は、弁済受領行為は取消の対象たる法律行為に該当しない旨を主張するけれども、右はいわゆる準法律行為であって反面において債権の消滅をもたらすものであるから、民法四条二項の類推適用がある行為にあたるものと解すべきところ、前示事実関係からすれば、本件証券売却代金にかかる原告の弁済受領行為は、それが取消されたことにより、遡及的にその効力が失われ、原告は被告に対し、商法五五二条二項、民法六四六条一項に基づく右売却代金引渡請求権の存在を主張し得るに至ったものといわなければならない。なお、被告は、その抗弁1において、右弁済受領行為についての法定追認事由の存在を主張するが、右主張にかかる定期預金の払戻しとその費消行為は、外観上、追認、すなわち取消権の放棄があったことを推認せしめる性質のものではないから、民法一二五条五号の行為に該当しないものと解すべきであり、右抗弁は採用できない。

(二)  しかし、前記取消に伴い、原告が未成年時に受領した売却代金相当額については不当利得が成立し、民法一二一条但書にいう「現ニ利益ヲ受クル限度」において、被告に対しそれを返還すべき責任があるところ、原告は、浪費、その他特段の事情のない限り、右受領による利益を保持しているものと事実上推定できるから、右の「現ニ利益ヲ受クル限度」は、その不存在について原告が主張立証責任を負うと解するのが相当である。なお、原告引用の判例は浪費者たる準禁治産者にかかわるものであって、無能力者一般に妥当するものではないというべきである。

(三)  しかるに、被告の抗弁2の事実のうち、被告が昭和五四年一〇月四日の本件第一〇回口頭弁論期日において、原告に対し右不当利得返還請求権をもって、原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが記録上明らかなので、進んで原告の再抗弁についてみてみるに、原本の存在と〈証拠〉によると、原告は、昭和五一年三月中旬、被告から受領した本件証券売却代金合計一四五七万八二六二円のうち、三〇〇万円で堂野希嘉から札幌市内の土地二筆を買受け、五〇〇万円を関口勝男に、各一五〇万円を関口光雄、宇高宏明に、一〇〇万円を氏家惇に、それぞれ贈与したことが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、原告が右認定の合計九〇〇万円を超える贈与をした事実を認めるべき証拠も存在しない。

ところで、右認定の買受行為については、これにより原告がその代金額相当の価値を有する財産権(土地所有権)を取得したことが事実上推定されるものというべきであるが、それが無価値に等しいなど、この点に関する的確な反証はないから、右買受けに伴う金銭の費消により、直ちに原告が前記受領による利益のうち右費消額に相当する部分を失ったものとは解しがたい。しかし、同認定の金銭の贈与は、典型的な浪費事由に該当するものとして、右受領による利益の喪失、したがって、現存利益の不存在を推定せしめるものというべきところ、原告の自認する第一審判決の存在だけでは右推定を覆すに足りず、右贈与行為を取消すことにより原告が各受贈者から贈与金相当額の全部又は一部の返還を受けたことないしは確実にその返還を受け得ることなど、右の点についての的確な反証はない。

(四)  そうすると、現存利益の不存在を主張する原告の再抗弁は九〇〇万円の限度で理由があるが、その余は失当というべきであり、したがって、原告の本訴予備的請求債権の相殺による消滅を主張する被告の抗弁は右金額を超える部分に限って理由があるけれども、その余は採用できないものというほかない。

そして、以上によれば、原告の右予備的請求は、被告に対し、本件証券の売却代金のうち九〇〇万円と、これに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年三月四日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れないことになる。

四、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお、仮執行宣言の申立については不相当と認めてこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 飯村敏明 奥田正昭)

〈以下省略〉

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